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第45回

ひとSTORY

埜口浩之さん(ファゴット奏者)

埜口浩之さん(ファゴット奏者) 埜口浩之さん(ファゴット奏者)

九州交響楽団等のオーケストラ活動を中心にしながら、室内楽、ジャズの分野でも活躍するファゴット奏者。静かで優しい佇まいと、想像を超える経験のギャップに驚きと楽しさを受け取る人も多いだろう。今回は、クラシックはもちろん、ジャズの即興演奏までこなす、ファゴット奏者埜口浩之さんにインタビュー。

生い立ち

1961年山口県生まれ。祖父母が住む佐賀県神埼郡の自然に囲まれながら、9歳まで過ごす。その後、飯塚へ移り住み、1学年10名弱の分校のような小学校で、ここでもまた自然と触れ合いながら楽しく過ごした。

初めての楽器

母は武蔵野音大声楽科に進学するも、喉の不調から歌手になることを断念。短大の保育科で音楽を教えていた。佐賀の家には叔父のバイオリンが残されていたこともあり、小学校4年から母の同僚の岩田先生のレッスンへ直方まで二年間通う。先生の教え子の中には元ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスター安永徹さんの名前もあり、「偉才」についての話も度々聞かせてもらえた。

吹奏楽部入部

地元の中学校に吹奏楽部がなかったのもあり、バレー部に所属。泥んこになりながら、3年間やり通す。しかし、音楽への気持ちが再度膨らみ、全国大会常連の嘉穂高校のコンサートを見に行った。「この学校の吹奏楽部へ入りたい!」感動と共にやる気が増し、がむしゃらに勉強し、高校受験合格。晴れて吹奏楽部へ入部。最初はサクソフォンをあてがわれ、その後、コントラバスや色んな楽器を回り、二年生になって、最後に落ち着いた楽器がファゴット。部活動は苦しくもあったが皆と一緒に楽しく貴重な時間を過ごせた。三年生になり、「音楽の道へ行きたい!」と強く思うようになる。専攻の楽器をサクソフォンと迷ったが、最終的にファゴットに決めた。受験勉強は西村孝志先生(大阪フィルから九州交響楽団入団)に指導していただいた。

ジャズとの出会い

東京芸術大学入学。大学時代を通して、様々な先生と出会えた。中でもフリーランスでアメリカへ渡った中川良平先生(サンフランシスコ交響楽団等の首席バスーン=ファゴット奏者を歴任) から指導を受けると共に影響も受け、ファゴットでの室内楽やオーケストラのもっと深い関わり方を学ぶ。ジャズもお好きな先生から、色んな引き出しを開けてもらえた。編曲された中には「聖者が街にやってくる」を始め、ジャズの曲もたくさんあり、「楽しいもんだなぁ!」とジャズが好きになるきっかけに。米国コロラド州で開催される伝統あるアスペン音楽祭(演奏家の教育を目的するクラシックの音楽祭) 参加。この時、オーケストラのメンバーとしてプロの演奏家と共に、世界レベルの指揮者のもとで演奏する機会を得た。芸大ではジャズ研究会にも入り、ビッグバンドでテナーサックスを担当。サックスとファゴットと「持ち替え」ができると噂を聞きつけた方から「劇団四季のオーケストラで仕事をしてみないか?」と声がかかり、ミュージカルの「ウエストサイド物語」や「エビータ」など、日生劇場でのロングランで演奏する仕事についた。オーケストラの仲間にはジャズのミュージシャンもいたり、ミュージカルを通して様々な音楽が入って来て、ポップスやクラシックなどのジャンルの境界線が自分の中で段々と無くなっていった。ジャズで即興演奏をしたりと、ある意味ここでの経験は修行のようでもあり、「この世界はクラシックだけじゃなく、何でもやれるのが当たり前なんだ」と、環境のお陰で目指すモチベーションが強くなっていった。

新しい出会い

大学在学中に第51回日本音楽コンクール入選。卒業後、東京交響楽団に入団。人を介して、アコーディオン奏者のCobaと出会う。その後、沢田研二が主催する音楽劇 ACTシリーズの舞台音楽を担当することになった彼と、クラリネット、バイオリン、ベース、ドラム、ファゴット等小編成バンドのメンバーとなり、日本中をツアーで周り、オーケストラと並行して、忙しい日々を送った。

故郷、福岡へ

1989年九州交響楽団に入団。1994年アフィニス文化財団の支援による、楽団員の海外研修員として1年間フィラデルフィアで過ごす。アメリカ生活では、時間を見つけては、ニューヨークまでジャズを聴きに行ったり、タングルウッド音楽祭(マサチューセッツ州にて開催)にも足を運んだ。音楽祭では、野外の大きなステージで演奏されるボストン交響楽団を、観客が草むらに寝ころびながら聴くという、贅沢な日常を羨ましく思った。

オリジナルアルバム発売

2012年オリジナルCDアルバム“ファゴットランド”発売。ピアニスト岩崎大輔プロデュース。単独では出会う機会の少ない楽器、ファゴットをクラシック、ジャズ、唱歌、民族音楽、オリジナルと様々なジャンルで魅力を伝える一枚となった。

「ルー·タバキントリオとめんたいジャスズオーケストラ」コンサート

ニューヨーク在住のジャズピアニスト秋吉敏子さんの夫でもある、サックス奏者ルー・タバキン。2018年飯塚で直接レッスンを受ける機会を得、人柄と共に音楽に対する情熱に感動した。そのきっかけもあり、2019年福岡市内でルー·タバキントリオと地元福岡のめんたいジャスズオーケストラとの共演コンサートを自ら主催。

タングルウッド音楽祭のような環境を福岡でも実現出来たらと想像する。「昔の公民館の寄り合いのように人々が気楽にコンサートへ行く」というのが福岡でもあったらと願う。良い音楽を提供するのは当たり前。それでいて、演奏家は観客に心地良くなってもらうよう頑張らないといけないところ。そして「良い音楽を身近に」をやっぱり実現したい。そして、夕方気軽に出かけて行って、ちょっと食事をして音楽が聴ける。そこで、プロもアマも好きな音楽を弾いて、楽しいと思いながら、お客様も福岡で、良い音響の中で、良い音楽が聴ける施設があったらと願う。

インタビューを終えて

幼い頃から豊かな自然に囲まれていた埜口さんの空気感は、相手を穏やかな気持ちにさせる。“人の心に響く音”をモットーに、活動中。穏やかな外見に秘められた情熱を演奏と共に確認してもらいたい。

文:MARI OKUSU 2019.8.23掲載