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第19回

ひとSTORY

TOMOさん(宿六兄弟、Vo.&G.)

TOMOさん(宿六兄弟、Vo.&G.) TOMOさん(宿六兄弟、Vo.&G.)

20歳の時、“V3新人オーディション”でグランプリ受賞。
その後紆余曲折ありながら、人見知りのTOMOは大切な出会いをし、音楽の為住みなれた久留米から福岡へと居を移した。
楽しませ、聴かせ、多くの人の心に何かを響かせるフォークロックデュオ宿六兄弟のボーカル&ギターTOMOさん。相方のカホンAYAさんも同席してもらってのインタビュー!

音楽との出会い

久留米市生まれ。三姉妹の典型的な真ん中。幼稚園年少からピアノを習い始める。久留米市立篠山小学校に入っても何となく続けていたが、楽譜が嫌いで城南中学校へ入った頃止めた。リスナーとしては演歌、JPOP、フォーク〜スピッツやミスチルが大好きで、尾崎豊は母と共にハマって聴く。中3で北野中学校へ転校し、いとこが弾いていたエレキギターに惹かれ、早速購入し独学で弾き始める。それからまたそのお兄さんが爪弾く綺麗な音色(エリッククラプトンのアンプラグドのティアーズインヘブン)に感動し、知り合いから譲り受けたアコースティックギターに持ち替えた。

高校時代

高校に入学し、ギターも一生懸命練習し、1人で西鉄久留米駅前の路上で歌った。1年後「TOMOに似てて音楽をしてる子がいる」とりんと言う子を紹介される。会ってすぐフォーク&ロックのユニット"男盛り"を組む事に。最初からオリジナルを作って活動。学校は修学旅行を楽しんだ後、自主的に2年で卒業。またりんの実父は老舗のライブバーVinotheque(ヴィノテーク)を経営していて、そこで5年間バイトもした。時にはお店で演奏したり、色んな事を教えてもらいながら、2人の活動は進んでいった。

オーディション初参加!

20歳の時にKBC九州朝日放送とソニーミュージックが主催する“V3新人オーディション”に参加。演奏後、審査委員長から「もっと練習した方が良い。」と厳しい批評をもらう。(元KBCラジオディレクター故岸川均氏。チューリップ、海援隊、甲斐バンド他を世に送り出した名物ディレクターとしても有名。)「二度とオーディションには出ないでおこう。」そう決断した直後、「グランプリは"男盛り"!」と発表される。「自分達は最高!」と若さゆえ自信はあったものの、まさかグランプリを取るとは思っていなかった。しかしデビューする事もなく、1年半後に解散。ソロ活動をする事に。

ベース

Vinothequeのオーナーがベーシストだった事もあり、バイト時代ベースに憧れながら「触ってはいけない楽器」と思っていた。ずいぶん時が経ち、もらったベースをこっそり弾き始める。ほどなく久留米のオールディーズバンドのベースに誘われ、フィリピンパブのステージで演奏する事も始まる。ソロ活動を1年程した後、並行してピアノ&ボーカル伊藤佳世、ギター石井庸介とオリジナルPOPSと洋楽カバーの3ピースバンド“Serial-K“(シリアルケー)で歌、ギター、ベースを担当する活動も開始。ソウルのバンドからも声がかかり、そこでもベーシストとして活動。バンドを始めてから洋楽も聴くようになった。

宿六一家誕生

“Serial-K“で活動していた頃に福岡のINN6(ボーカルP様&ギターゆーすけの男女アコースティックロックユニット)の大ファンになる。福岡で開催されるLIVEに通い詰め、打ち上げにも積極的に参加。リズム隊はいらないと断言していたINN6だが、ある時TOMOのLIVEを見に来てくれた。「ベース良いね〜。一緒にバンドやってみる?最近、ドラムも良い人見つけたのよ。」と言ったその瞬間、まるでドラマのようにドアの向こうからドラマーAYAが入って来た。幻かと思われたその提案から1年後、宿六一家誕生。 INN6の2人はピンでも全国で活動してる為、宿六一家のLIVEは年間3回程。他のバンドと掛け持ちも継続した。3年程前、カホンもこなすAYAが急に言い出した。「2人のユニットを一緒にやろうよ。」しかしTOMOは言った。「何、その軽い言い方。私のソロのステージもまともに見てないのに。」そんなやり取りをしながら、AYA はTOMOのライブへ足を運んだ。

宿六兄弟も誕生!

1年後、結局2人でやる事に。ユニット名は宿六兄弟。INN6の2人をとうちゃん、かあちゃんと呼び、AYAとTOMOは長男?次男?の位置づけだった事から。そして最初のステージは東京をあえて選択。福岡と久留米、ホームが異なる2人にとってフェアな場所は2人を知らない町、東京。躊躇するTOMOをAYAが引っ張る恰好で決行し、人見知りで飛行機嫌いなTOMOは1カ月で5〜6kg痩せ、ほっそり小さくなった身体で空港に現れた。初めての場所、東京でのお客さんのライブの反応は上々。こんなにも東京の人は受け入れてくれるんだと驚くほど。これは宿六兄弟の未来に手応えを感じさせた。しかしそれよりも収穫だったのは、2人の絆が深まった事。

ファーストアルバム発売。

宿六兄弟ファーストアルバム「あそべ」は2013年7月発売。内容はこだわって、ライブ会場と同じ形で2人だけの歌と演奏で一発録りで行った。ジャケットはプロの商業デザイナーであるAYAが真心込めて制作。ライブで聴いたそのままの感じで背伸びをせず、自然な感じの仕上がり。絶賛発売中。

アピールしたいこと

それは楽器。TOMOが7年程使っているアコースティックギターは佐賀県産のベフニックギター。(久留米のギター工房アストリアスから独立した職人さんが全て1人で手作りした物。スキマスイッチやスガシカオさんも愛用。)AYAが使っているカホンは大川家具と久留米のドラマー大曲陽佐のコラボで製作されたアルバカホーン一号機。(ロゴデザインAYA)地元密着型で九州産の楽器を使用!製作者の顔を知って、演奏しているのもまた喜び。ここでも人に恵まれているとあらためて2人でシミジミ。蛇足だが、福岡のベテランミュージシャンは温かく見守ってくれる人が多い。久留米の場合は近所の人のように「あそこはつまらん。もっとこげんせろ。」と辛辣だがちゃんと聴いてくれていて、勉強になり育ててくれてる感じがする。

それぞれの存在

「初めて会った時から自分とTOMOは音楽に対する情熱が似通っていた。音楽を感じる感覚や音楽の好みも似ていた。ソロのTOMOを見た時、ド〜ンとアピールはしないけど、じわっとくる発信をしている。聴けば聴く程ハマっていって、また聴きたい!また聴きたい!と持続する熱を持っているアーティストだと思う。地道にやって来た事が出ているからなんだろう。その為の技術だったり、意識だったり、ステージの上でのオーラ、姿勢なんだと思う。LIVEを重ねて行ってお客さんに会いに行く。自然に自分達も発信して、お客さんも自然に反応してもらう空気が一番好き。その為に練習をして腕を磨いていけば、もっと多くの人に引っかかるかな?もっと心を磨けば、色んな人に振り向いてもらえるかなと言った地道な活動を心がけている。地道で休む事なくずっとやってきたTOMOと出会ってから人生観が変わった気さえする。」とAYA。参考までにAYAと会う少し前のTOMOは音楽を止めて仕事だけ頑張ろうかと迷う時期が正直あった。その時は出来る環境を周りの人達に支えてもらい、ここまでやってこれた。もちろん自分でも一生懸命やってきたとは思う。そしてAYAと出会い、音楽への気持ちが再燃。「お互いのリズムを合わせてみたら、不思議と呼吸が合う。こう言う人とはなかなか出会えない。もう一回頑張らせて!」と心配する母を説得した。またTOMOの自己分析は「今でもLIVE前は緊張する。元々ステージに上がる気質ではなく、まだベースを弾いている時の方が自分らしいと思う。だけど何故かずっと歌っている。AYAもそう。しかし宿六兄弟は2人しかいないので、やるしかない。その分成長出来るし、宿六一家にも持ち帰ることができる。」

目指している所や夢

売れたいと言うよりも、ツアーで47都道府県を車で周りたい。直接行くのが一番良いと思う。出逢ったツアーミュージシャンに紹介してもらうなど、結成1年後には北海道のライブハウスを紹介してもらったりと新しい所(九州各地)を地道に広げているが、これからもやった事のない会場でやるなど地道にやって行こうと思っている。「TOMOのシンプルで素敵な詩を日本語のまま海外で演奏して、日本語に興味を持ってもらうとか、音から感じとってもらえるようなユニットになりたいと思っている。」(AYA談)そしてお婆ちゃんになってもずっと続けて、70歳になった時にNHKの紅白歌合戦に出ると言う野望も持つ。そして「バンド組んで30年」と言う風になってみたい。長年やり続けたらどんな音になるかを体験したい。30歳過ぎると周りから愛情持った警告もドンドン耳に入って来る。それでもあえて前に進む!そんな2人。「でもこう言う事を一生懸命やってて、自分の人生は今、めちゃ楽しい!」とTOMOは瞳を輝かせた。また「普通の人が今日はライブへ行こう!と例えば¥2,000を握って映画館に行くようにLIVEに足を運ぶにはどうしたら良いかをいつも考えている。その為にもわかりやすい楽しいステージングにするように心がけている。一番嬉しいのは一度見た人が次に誰かを連れて来てくれる事。子供達や家族を連れて来てくれたり、LIVEに来た事が無い人を連れて来てくれたりするととても楽しい。とりあえず今年はライブを出来るだけたくさんやる事を目指していて、来年はスキルアップするのが目標。」

終わりに

宿六兄弟は楽しい。パワフル。温かい。それでいて人の痛みや愛情のセンサーが研ぎ澄まされている。LIVE会場に足を運んだ人は色んな感情を受け取れるに違いない。 感謝する事を忘れない。そんな事も手伝ってか周りの人からのたくさんの愛情に包まれている宿六兄弟。これを書きながらアルバムを聴いていると、"無題バラード"に泣かされてしまった。まさに「また聴きたい!また聴きたい!」と宿六兄弟は持続する熱を持っている。

文:MARI OKUSU 2014.11.29掲載